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13. 体育の列と風

あらすじ:入れ替え可能な影に紛れ、曖昧さのやさしさに救われる。
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体育の列に並ぶと、風が校庭を横切って汗を冷やした。「ちくわ、次な」と前のやつが顎で示す。誰でもない誰かに紛れて、順番は淡々と進む。腕を振るたび、靴底が砂を噛み、音が規則正しく刻まれる。

入れ替え可能な影でいられることが、今日はありがたい。目立たず、消えもせず、ただ列の一部として呼吸する。ホイッスルが鳴り、全員が一斉に走り出す。自分の足音だけが、自分の足音だと胸の奥で確認した。

走り終えると肺が焼けるように熱く、汗が塩の味を運ぶ。曖昧な自分を抱えたまま、それでも体は前に進む。リセットでもやり直しでもない、小さな続行ボタンが押された。

列が崩れて自由解散になると、土の匂いが濃くなった。汗の塩気を舌で確かめ、喉に常温の水を落とす。生き延びる味がした。