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未読

16. ミュートの練習

あらすじ:未読は9のまま。通知だけを消す日があっていい。
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引き出しの奥から古いスマホを取り出す。アイコンの端に赤い数字が灯っている。誰からかは見ない。設定を開き、通知だけをオフにする。音もバイブも切って、画面を伏せた。

逃げではない。今日は守る日だ。外からの音量を一段下げ、内側の音に耳を澄ます。窓の外で風鈴が鳴り、それに遅れて扇風機の羽が回る。世界は静かではないが、暴れもしない。呼吸が少し、深くなる。

机の隅に置いたスマホは、ただの黒い板に戻る。鏡のように天井の白を映し、自分の輪郭を逆方向から整える。静けさは、少し心細くて、たいてい優しい。

キーボードの埃を払うと、小さな粒が爪の先で転がった。触れられる現実を増やすほど、触れないものの輪郭も穏やかに遠ざかる。